はらり、と床に舞い落ちた上着を拾い上げて、環月怜夜はふう、とため息をついた。 「なんで・・・なんで・・・・・」 胸元を隠すようにバスタオルを掴んでいる左手が、ブルブルと震える。 「なんで、うちの国はどこもかしこもあんな像ばっかり!!!!」 その睨みつける視線の先、温泉附属の更衣室の隅にも、何故か非常口の目印として、USAビキニ姿で晴れやかに笑うロイ像の姿があった。 ―――――立国当初。藩国会議―――――― 建国初期の国民と藩王が会議室で今後の方針を決めているところだった。 「・・・・・・・・・・というわけで、温泉周辺一帯を観光地として整備します」 氷野凍矢摂政(当時)の発言が拍手で可決された。 「観光客の落とす外貨は重要だからな」 結城由羅藩王が腕を組みつつ、不敵な笑みを浮かべる。 「しかし、人が集まるとなると迷子が心配です。子供でも楽しめる、分かりやすいイベントが欲しいですね」 みはえる摂政が地図を見つめながら首を捻った。温泉で子供が飽きるて周囲を散策し始めると、山に入り込みやすい。 「あ、それじゃ、ウォークラリーをしましょうよ!」 環月怜夜団長が勢いよく手を上げて、答えた。 「別の観光地に遊びに行った時にスタンプラリーをしたんですけど、狭いところを何度も回っても楽しかったですよ。景品も貰っちゃいましたし」 指先で小さな輝く石のついたストラップを振り回して、周囲に見せる。 「いっそ、どーんと国中含めて108箇所くらい回ったら、一大イベントになりますよ」 「そうですね、何かの施設を作るよりは安上がりで手早く出来ますし」 川流鐘音騎士(当時)が財務収支を見て、GOサインを出した。 「けど、スタンプラリーの目印は何にするんですか?」 緋乃江戌人病院長が軽く唸る。 分かりやすい目印で、子供にも親しみがあって、国の特色を出したもの・・・・・・・ 「ロイ像でいいんじゃないですか?うちの国らしいし」 軽く答えた言葉を環月怜夜は一生後悔することになる。 ――――――――――――――― 「だからー!どうして!うちの国は!どこもかしこもロイ像ばっかりなんですかぁーーーーー!!!」 「君、デート中にする電話がそれ?」 結城由羅藩王が執務室でぞんざいに答えた。声の割に顔は隠そうとしても隠せないくらい笑みに溢れていたが。 「だって、ロイ像にしたのも、108体も配置したの、君じゃん」 「みはえる摂政が!シェルターにするって教えてくれなかったから!路地裏や町の秘密の名所くらいになると思ったんです!!!」 シェルターなので、当然、大通り以外で人が集まる目立つ場所にある。 「いいじゃん別に」 腹を抱えて、声だけは平静を保ってる結城由羅藩王。 「よくないんですーーーーー!!大体、なんで全部ビキニなんですかぁっ!」 「ロイ像の複製だから」 「他の洋服着せても良かったじゃないですかーーーーー!!!!!ビキニだなんて思わなかったんです!」 「ビキニでも・・・・何?眼のやり場に困るの?」 「今現在の状況に困ってるんです!!!!」 ぜえぜえ、と荒い息が電話口からも聞こえる。彼女は確か今、更衣室から電話をかけている筈だが・・・・・・・自分も水着姿だろうに。 「と、ともかく!これからは洋服を着せるか、撤去してくださいーーーー!!破廉恥です!教育上よくありません!!女王命令ならすぐ何とかできるでしょう!!!」 「えー。今のままでいいじゃん」 君の反応が面白いから、とは流石に言えなかったが。 「あ、そうそう。こないだ判明したんだけど」 早口で色々まくし立てられた後、電話が落ち着くのを待って、結城由羅藩王はさりげなく注げた。 「・・・・・・・何ですか?」 「うちの国、盗聴器だらけだから。ロイ像も国中にあるから怪しいね」 「・・・・・・・・・撤去して下さい、そんな像。取り敢えずは盗聴器調べながら、国中のロイ像にお洋服着せますからね!!!」 「ま、健闘を祈る」 電話を切って、結城由羅藩王は今度こそ涙を浮かべるまで笑い転げたのだった。 「ところで陛下」 お茶を入れていた海堂玲騎士が声をかける。 「うちの国って、デートスポットなんてあったんですか?」 「無い」 きっぱりと言い放つ。 「でもソーニャさんやりんくさんはご結婚間近ですよね?デートは?」 「彼女達はその為に小笠原に行ったねう」 『・・・・・・・』 二人、顔をそっと見合わせて・・・・・・・・・・・何も無かったかのように、仕事に戻っていった。