常春の世界忍者国でも、秋の夜長と呼ばれるものはある。 若干夏より涼しくて、若干作物の収穫が多いのだ。 そうして、満月の輝く夜、王城では乙女たちの会話が長く紡がれるのだった・・・・・。 「ラブいと聞いて。こんばんは」 神崎が元気よく女王の執務室のドアを開くと、そこには優雅に椅子に座ってカクテルグラス(中身は野菜ジュース)を傾ける女王結城由羅と、桂林怜夜の姿があった。 今日は藩国ACEロイとのデートの日。何か吉報が聞けるはず! 「 は???? 」 きょとん、と桂林怜夜が首を傾けた。こちらはシャンパングラスに林檎ジュースを注いでいる。 「命の危険がぴんちです」 「えー」 残念ながら、彼女は素面だ。というか、素だ。 「危険がピンチってどんな状況・・・?」 「パニクってマス」 「おちつけー」 すーはーすーはー (私がやってどうする) 目の前で繰り広げられる状況に神崎が硬直している間に、由羅女王が桂林怜夜を落ち着かせた。 「須田さんのばかーーー」 叫びながら、くぴくぴとグラスを傾ける桂林怜夜。 「いや、私がバカなんだけど」 「須田さん元気そうでよかった」 めそめそと泣き出した桂林怜夜を慰める由羅女王。 「かっこよくてときめきましてよ」 「寿命が縮みました・・・・・」 未だ涙ぐんでいる彼女の脇で、由羅女王が簡単に経緯を話す。 「姉さん、流石にそれはやばすぎます」 いきなり敵対しているACE須田に連絡を取ったことを咎める神埼。彼は以前に国にいた凍矢のように、彼女達を姉さん・姐さんと呼ぶことがある。雰囲気が彼に似ているので、彼女達もそれを許している。 「わざとですよ・・・・須田さんは・・・・・」 やっと落ち着いた桂林怜夜がぼそっと呟く。 「つり橋効果?」 神崎の脳裏に何かが閃いた。 ピンチ。男女。二人きり。 「そうか、ここで完全なプロポーズですね」 「指輪ー」 由羅女王も付け加える。 「小動物警戒態勢に入ったので、私にそんな余裕はありません。視界に入るものは全て敵です」 ぷー、っと膨れる。 「いやいや、そうじゃなくてですね」 神崎がぴんと指を立てる。 「プロポーズすることで須田さんから守れるかもしれません、と思っただけです」 ぶんぶん、と首を振る桂林怜夜。由羅女王が苦笑する。こちらは別ルートから既に報告を受けている。 「無理です。それに・・・・嫌われた」 「誰が?」 「サヨちゃんに」 ぽつ、ぽつ、とその後の経緯を話す。少女に辛いことがあったのは理解できるのに、上手に接することができなかったことで落ち込んでいる。それでいて対処方法が見つからなくて、拗ねている。更にそれを自覚できない。その辺、この人物は年より幼い。 「気にしないで。サヨちゃんは多分、ひどい目にあってる。今はそういう余裕がないだけだよ」 ぽん、と肩に手を置く由羅女王。 「君だけじゃなくて、大人が怖い可能性が高い。だから今は触らない方がいい」 「恐慌状態に陥るかもです、ロイに任せていいかも」 「既に陥ってます。任せてます」 ぶす、と不貞腐れている。 「すまん、警告してなかった」 藩国内で先に手の空いた桂林怜夜がアプロー夫妻を探しに行き、由羅女王がサヨの様子を見に行く予定だったのだ。場合によっては由羅女王もアプロー夫妻の捜索を優先するつもりだったのだから、桂林怜夜がサヨの元に出かけるとは想定外だった。しかも、同じ立場ならば誰しも早く報告に行くだろうから、必ずしも彼女の失敗とは言い切れないだろう。 「いいですもんー。別に嫌われるのには慣れてるし・・・・」 本人以外は。 「ちがう」 はあ、とため息をつく。 「猫とか犬とか嫌われます」 「そういうんじゃない」 更にため息。 「で、その後は?」 「ロイさんが出て行ったので、後をついていきました」 一瞬、静寂。 「というか姉さん」 ぐっと神埼が握りこぶしを作る。 「チャンスですよ。今こそ!今こそ!」 「残念でしたー」 「ちっ」 「 けっ」 「いやいや、まだ時間あるんじゃ・・・? 」 「することもないので、普通に帰りました」 「もうちょっとらぶを!きすとか」 「5分あるから告白だけでもと!直談判を!」 「なんで!!!!」 「こう、進展的に」 「別に・・・いまのままでもいいですし」 「いやいや」 ぶんぶんと首を振る神崎と、げしげしと桂林怜夜の足を蹴る由羅女王。 「国で結婚式できないじゃないっ」 バン、と机を叩く神崎。 「なんでそんなに一生懸命なんですか!!!」 「というか・・・なんでそんな友達以上恋人未満の女子が居る男子みたいな発言してるんです!」 「あー、物凄く上手い表現ですね」 ぽん、と手を叩く桂林怜夜。 「まあな・・・・今はちょっとロイ的に雰囲気がつらいからね」 「ということで、残念でしたー」 「・・・・・・・すごいひどいことを言えば」 静かに、神埼が呟く。 「はい?」 「野郎が弱ってるときほど希望をちらつかせると引っかかるんですぜ(悪」 「私が希望になるわけないじゃないですか。男心クラッシャーに向かって。ねぇ」 神崎が先日つけたあだ名が男心クラッシャー。 「まあ、他の子たちと再会できてからで心おきなく。ロイはコータローが幸せじゃないと幸せになれないと思うねぅ」 「正直、今を逃すとこの事件終わったときかそれこそ死亡フラグのようなタイミングになりそうです・・・」 ・・・・・・。 『早く解決しよう、うん 』 一堂、顔を見合わせて頷く。 「姉さんのお願いだし自分でも思うところがあるだろうから、ロイがベストを尽くしてくれると思います」 「でも、そこから恋に発展したら・・・・・」 『・・・・・・・・・・・・』 突拍子もないことを言い出す桂林怜夜。一般の男女ならば可能性がないわけでもないが、何故。 「ほら、ロリコン疑惑もありますし」 「ねえよ」 由羅女王。 「ないわ」 神崎。 「なんで・・・・?」 首を傾ける桂林怜夜。 「二重音声なのでしょう・・・・・?」 「あたりまえだのくらっかー」 「姉さん一筋だろうに可愛そうですっ」 二人とも、同じ表情でじとっと睨みつける。 「男性は全てロリコンかマザコンって友達が言ってました!!どっちかって言えば、ロリコンです!!!」 「ねえよ」 「ないわ」 「だから何故ステレオで突っ込みーー」 「あれだけ愛されていながら何をおっしゃるうさぎさん」 「なにをおっしゃるうさぎさん」 「あ、ちなみに、女の子の手を握って、意外と柔らかいと思ったらマザコン。細いとか小さいと思ったらロリコンです」 『ねえわーーー』 息もぴったりに、二人分の一言が夜空に響いた。 「うーーーー。ちょっと頭丸めて寺で修行してきます」 「いやいやいや」 「姉さんは姉さんのままでいいと思いますよ」 「うーん。あ、でも、修行すると無欲になれますよ」 「無欲になってどうするんです!?」 「無駄にねだったり怒ったり嫉妬したりしなくなります」 はぁぁぁぁ、と大きく神埼がため息。 「姉さんあれです男性というのはダメな生き物でしてね。求められまくるのも嫌なのですが求められないのも嫌なのですよ。姉さんの場合、ロイが不満点があるとしたら後者だと思うんですよ・・・というかですね、姉さんや」 「はい?」 「ふつう誕生日にウナギ渡されて」 「嫌われますか?」 「評価も下がらないってどんだけ惚れてるんだとw」 「うなぎが好物ですもん!!! ロイの」 「いや、そういう問題じゃないんじゃw」 「・・・・何かまずかったんですか?! 」 「ええとなんだろう」 「なんだろうなぁ」 再び、語尾がステレオ音声に。 「姐さん俺どこから突っ込めば・・・?」 「うーん。ロマッチックさが足りないところから?」 「・・・・・ロマンチックなお寿司?」 『違う』 バタッ 「ほら、本棚までツッコミを入れましたよ。姉さん」 「ねうねう」 無理に押し込められていた書類の束が雪崩れただけ、という桂林怜夜の主張は却下された。 「しかし、執務室とはいえ、この量は酷いですね」 床を真っ白く染めた紙に呆れる神崎。 「それはもう捨てる書類ねう」 「じゃ、縛って纏めましょう。明日、燃やしておきます」 「機密文書は入ってないね」 「それなら、リサイクルに出しましょう。姉さん方、下がってて」 こういう重いものは男の仕事、と笑顔で神崎は手際よく書類を纏めて縛り上げた。いくつかの山が出来上がっていく。 ぱらり。 神崎の笑顔が凍りつく。 「こ、これは・・・・・」 「あー、凍矢君の像の計画書」 「ちゃんとしたお墓が無いのも淋しいので、神殿か小さな公園に英雄像として祀って貰う予定なんです。小さいのがあったけど、壊れちゃって」 「そう、ですか・・・・・・・」 表情の硬い神崎を不思議そうに眺める女性陣。 「これはビキニ像じゃないねう」 「と、いうか、ロイ像のビキニもそろそろ完全撤廃してくださいー。破廉恥です!!」 「破廉恥って思うってことは、意識してるねう。いやあねぇ」 「夏以外に水着で歩いてる人は変態です!!!」 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した彼女達の声は、神崎の耳に届かなかった。 『ご依頼のありました通り、像の制作の見積もりをお届けします』 『人知れず細かな調整を行いたいとのことですので、小さな工房の主を紹介致します』 『腕の確かな男ですので、チャイナ服の素材等については、彼とご相談下さい』 『像のモデルとして、身体データを頂いた神埼殿にも似合うことと思われます』 『尚、ご愛顧の御礼として、拙作『勝率0%の試合をフェアな試合に見せかける方法』もおまけしておきます』 『更に追加衣装をご注文して頂きますと、店主より着せ替え神崎人形と抱き枕も格安で作成するとのこと』 『親愛なる摂政殿へ』 (どっちだ?どっちの摂政だ?) 事務的なタイピングの文章の最後は某R国の摂政、Hの署名がしてあった。かなり古い日付だ。 あの、優艶な女性の笑顔が、悲しいことに自国の両方の摂政の笑顔と重なった。 どっちもやりかねない―――――― 「これ、なんで機密文書じゃないんですか!!!!」 まずい。日付からいって既に実行しかねない。というか、国の両摂政から、戦術講座と称して、ゲームの誘いが来ていた気がする。罰ゲームもあるとか・・・・イカサマじゃないか! 「ちょっと、姉さん達?!これを・・・・・」 振り向く神崎。 「大体、水着だらけのうちの国でロマンチックなんかありえないって四方さんも言ってましたー」 「そこをなんとかするのが恋の腕前ねう。恋愛テスト24点」 「う・・・・・他人の半分しか取れていないからって、そんな関係ないことで攻めないでもっ」 「まさに今、そういう話ねう」 聞いてない。 「で、何故そんなに進展を嫌がる。指輪貰ってこーい。子供見せろー」 「まだ、親になれるほどまで大人じゃないって今回のことで分かりましたし、今のままの関係がいいですもん」 「そんな、男性の都合のいい理屈みたいなことを・・・・」 つい、突っ込まずにはいられない神崎 「これはもう、ロイに手紙を送るしかないか・・・・・・がんばれ俺」 「ふふーん。神崎さんが既に送って失敗してますよー。内容知らないですけど」 「えーと俺は・・・・」 「国家規模での結婚式の案内状。こっちで手配してあげるねう。喜べ」 「う・・・・じゃ、じゃあ。それを持っていきます。そして、『中身を見ないで破ってください』って伝えますもん」 「どうしてそんなに嫌がるーーーー!!」 「まだそんな時期じゃないですもんーーーー!!」 「既に遅いわーーーー!!」 聞く耳を持たない二人の声を空しく受け止めながら、神崎はこの国で自分が孤独なことを思い知ったのだった。 そして後日。 何故か摂政の私物から見つけた神崎君抱き人形(化粧可能。色々情報が錯誤したらしい)の設計書をビリビリと破りながら、彼が来る前よりも姉はかなり成長していた、という驚愕の事実を姐から伝えられることになる。哀れむ視線の先の姉は、「全ての男性は触手が好きで、触手が好きじゃない男性はアブノーマルじゃないんですか?!」と尋軌摂政に向かって叫んでいた。 これで、以前より、マシ。 「その目は何ですか?!」 もはや言葉もなくして、かわいそうなものを見るように見つめられた怜夜の叫び声が世界忍者国の空に響いた。 戻る時はこちら。 http://margarita.sakura.ne.jp/ogasawara/ogasawaraindex.html