「お願い!早く脱がせて!」 うっすらと瞳に浮かべた涙に炎のきらめきが輝く。乱れた浴衣の裾から覗く素肌は白い。 「もう、だめ・・・・・」 諦めを含んだ吐息がきつく結んだ唇から零れ落ちた―――――。 ー*ー 人狼領地と世界忍者国は元々一つの国である。 世界忍者国建国直前に後に人狼領主となる大神重信が人を集め、結城由羅女王を助けて世界忍者国を立国したのである。 そして、役目を終えた兵士は若き女王が引き止めるのを振り切って、新たな大地を求めて帝国へ旅立った・・・・・・とならないのが、大神氏であった。 摂政に恵まれない国、世界忍者国。 本来摂政になるべき大神氏が新規立国したり、プライベートが忙しかったり、何故かよく死亡したり、秘書官業務との兼任が難しかったり・・・・・・ということで、摂政が二人揃っていることも珍しい国である。 そんな折、人狼領地との合併の話が持ち上がった。 元々、 「疲れた。世界忍者国に帰りたいー」 「来るな」 という会話が、人狼領主の大神氏や摂政の濃紺氏から季節の挨拶の様に発せられていたのだが、今回は趣が異なった。 有体に言うと 借 金 である。 人狼領地、細かな申告ミスの修正をすっかり忘れており、罰金と遅延金が貯まりに貯まって320マイル。とても返済できる額ではなく、藩国滅亡が確定となった。 そして一方世界忍者国。 着用アイドレスが特化されていない上、国民の軍事面での弱さは元々指摘されており、それに加えてISS崩壊による暴動騒ぎ。 両者を補う形での合併となったのである。 そして、合併に伴い、もう一つ歓迎されることがあった。 濃紺摂政の誕生である。 元々濃紺氏も多国に移動予定だったのだが、320マイルの負債を残しての旅立ちは心苦しいということで、残留が決定した。 人狼領地の罰金108億+遅延損害金80億=188億で、1億4マイル換算で、432マイル+320マイル。遅延損害金には責任を感じている為、320マイルを個人的な負債と考えているのである。 暫定的ではあるが、それでも適任者不在という不名誉を払拭できたことは、世界忍者国国民にとっても喜ばしいことであった。 尚、元藩王である大神氏が摂政とならなかったのは、とある深夜に瞑想通信で緊急会議を開いたことが発端だという。 集められた一堂が固唾を呑んで次の言葉を待っていると・・・・・ 『今、彼女とらぶらぶ。それだけ』 「うるさい!」 「脳内妄想だろ」 「どっちにしろ死ね」 という事件が、独身男性の感情を激しく逆撫でしたからだったという噂がまことしやかに伝えられている。 そして、諸手を挙げて歓迎された濃紺摂政は今、摂政としての最初の責務を果たしていた。 ロイ像ウォークラリーである。 世界忍者国名物、どこにでもあるロイ像、なのだが、国民用のシェルターとして設置されている。水害の少ない地域なので、地下に潜れば。大抵の災難は回避できるというわけだ。 その為、王城に仕える騎士には、ロイ像を一通り回る義務があった。 濃紺摂政は、常春とはいえ夏の日差しを感じる中、ひたすら像の在り処を求めて歩き回っていた。 大神氏はというと、『最前線にしか出ない』との理由で、今回の義務から逃げていた。実際、有事には戦場にいる人物ではあるが。 しかし、ロイ像は多い。 「元気なのは松永騎士だけ、か・・・・・」 軽く汗を拭きながら、呟く。脱藩や何やらの関係で人狼領地と世界忍者国を何故か2往復してしまった松永騎士は、当然このスタンプラリーもこなしていた。 「いや、俺がいた頃より倍以上に増えてますから!!」 先導していた松永騎士が振り向いて手を大きく振る。 ロイ像は一般国民用シェルターなので見つけることは難しくないが、その数666体。スタンプラリーの難易度を上げるおまけになっているシークレット像以外は、市街地に集中していて、実際に回るにはさほど疲れるものでもない。 けれども、早く世界忍者国に慣れるように、そしてもしもの時の安全の為に、という理由で人狼領地から移住してきた国民も一緒に連れ歩いていた。 (あんぐら2と徒理流はまだ、いい。) 濃紺摂政は胸の中で呟いた。 (朝顔茄子、しおこんぶ、桜花、松葉、志臣・・・・・皆、大事な仲間だ。) 軽く、ため息。 (なかだいもソックスさえ気をつければいいし、匪もいかつい容姿だが乱暴ではない) 「それにしても・・・・」 大きく、ため息。 「くぅとユキがいないのが・・・・・・」 迂闊に声に出してしまった自分を詰るが、もう遅い。 新規国民のエド・戒とくぅとユキの3人は、女の子ということで、ソーニャ始め世界忍者国の女性陣が一足先にスタンプラリーに連れ出してしまったのだ。女子はこういう時、仲良くなるのが本当に早い。今頃は5,6人でアイスティとソルベでも食べている頃だろう。 そして必然的に残されたのは男性ばかりだったが、シェルターに案内しないといけないのは国民の中でも戦闘に出ない子供と老人、そして女性だった。 男性だけが先導して、うら若い一般女性を連れて半裸に近いビキニ像巡り・・・・・・。 (セクハラか?!俺はセクハラをしているのか?!) 自分が悪いわけでもないのに、罪悪感で胸が痛いのは何故だろう。 黄色い悲鳴を上げている女性国民と目を合わせるだけの勇気は、今は無かった。 濃紺摂政。人呼んで320マイルの男。 その借金の重みを、彼は違う形で今、感じていた・・・・・・・・・・・・。 濃紺摂政。残り265マイルの男(本日調査)。 ー*ー 「また、増えてる・・・・・・」 桂林怜夜が帰国して呟いた言葉が、これだった。国にいる間は藩王を止める・・・・・ことは無理だけれども、ロイ像の増殖を遅らせることはできる。 しかし、少し異世界に出かけていたことと、念のために故郷に顔を出して家族に忘れられないようにしていた分、帰国が遅れたのだった。 「この間まで、333体・・・・」 「だって、人狼と合併するしね」 護国寺たる国分寺が増えたり大仏ができたのは、治安が悪かったから。 ロイ像が増えるのも、外敵からの脅威が去らなかったり、暴動が起きた為なのだが。 ついでに、図工の授業でロイ像を作ったり、どこから流れた噂なのか願掛けで作る人がいることを、彼女は知らない。 ともかく、ロイ像は増えているのだった。初期の108体はビキニ像だが、2月頃から褌像も増えている・・・・・。 「約束通り、ロイを連れて帰ったから、ロイ像に洋服着せていいよ」 執務室の椅子の上に胡坐をかいて、結城由羅藩王はにこにこと笑った。 世界忍者国に行方不明のロイ=ケイリンを連れ帰れば、ロイ像に好きな服を着せてよい、と桂林怜夜団長と約束をしていた。 世界忍者国に世界忍者がいないと元気が出ないとは本人の談。 だから、妙に上機嫌だった。 「ほい、これ」 はらり、と一枚の書類を差し出す。 「合併に伴う企画?」 「そ。エドさんとソーニャさんは広報担当。カヲリさんとか可銀さんとか尋軌しゃんにも割り振ってあるし。後は君だけ」 ふぅん、と頷いて桂林怜夜団長は書類を眺めた。 「就学支援と就労支援は君に任せるから、好きにしていいよ。スタンプラリーのイベントとかで洋服を着せてもいいし」 桂林怜夜団長は部屋に戻って、郷里から貰ってきた生地で、試しに一着縫ってみた。直線で縫うだけなので、さほど難しくない。 ついでに、男物も縫ってみた。この辺は、去年の夏祭りに皆で作ってみたから、時間さえかければ何とかなる。 けれども、相手は666体。即ち666着の浴衣が必要となる。 国内にあるアイドレスで気に入っている医師系アイドレスでも器用8。多目的ナイフでも9。浴衣製作の必要な器用の評価値は6。自動成功には心もとない。 かといって、ロイに手伝ってもらうのは気が引けた。ロイ像の浴衣である。 彼女は諦めて、別の手段を講じることに決めた。 ――国内の就学支援。就業支援計画―― 経済面でも重要な施策だったが、それ以上に国民と戸籍の管理が主要な目的である。 暴動と難民の問題で死傷者と流入者が増え、それに加えて合併、国民数の把握も難しい状況だった。 元々大らかな猫の国のこと。 取り敢えずは大まかな国民数さえ分かればそれで十分、という認識であった。 問題なのは、子供達と難民である。 テラ領域に共通した認識で、子供の笑顔を大事にする気風もある。 子供が路頭に迷うことは避けたい上、貧しい子供達の親は職を持たない難民が大半だった。 単なる炊き出しや配給、金銭的援助では、結局付け焼刃にしかならないことも、ここ暫くの政情不安で痛感していた。 衣食住足りて礼節を知る。 幸い、食糧はそれなりにあった。 住居は寮があるし、温暖な気候だから簡易施設でも困らない。 寮や学校で給食を出せば、最低限必要な栄養は摂れる。 難民が国民となるまでに遅くとも数ヶ月〜1年程度で済ませたい。 子供は就学支援。大人は就業支援という名目で学校に通うことが、現在の世界忍者国で取れる最善の策だったのである。 学校については元々必要性が協議されていた為、用地や教員はそれなりに確保できていた。 しかし、生活用品については難航している部分が多い。 桂林怜夜団長と有志一同はここに目をつけた。 「ふーん。花火&浴衣大会、ねぇ」 企画書を捲って、結城由羅藩王は頷いた。この子のことだからもっと質素な固い学校を作るかと思ったら、意外なことにメインは夏祭りであった。 隣では何故か日焼けした濃紺摂政が賛同している。 「いいんじゃね?予算内だし、国も賑やかになるし」 学校とはややかけ離れた感もあるが、企画としては楽しそうである。 昼からの準備祭やフリーマーケット。景品つきの大会や、ミスコンまである。 「そ・れ・で。ミスコンは私も参加していいの?」 やめて下さい・・・・・という鐘音財務大臣を遮って、『もちろん!』と周囲が叫んだ。 「優勝者はミス・世界忍者国として、国内の企画・イベントには勿論参加。場合によっては世界忍者ガールやマジカル☆スターチスのコスプレまで!忙しいですよ!!」 「ミスターコン・美少年コン優勝者は尋軌摂政の『R’sログ』の巻頭企画にも出て貰いますしね」 「・・・・・・ちゃんと色々と考えてるのね」 ま、藩王が出ること自体は問題なさげだが、迂闊に優勝すると仕事が増える。3位入賞を狙ってみるか、と結城由羅藩王は心で呟いた。 「それで、君の本命のロイ像に服を着せる計画はどうなったの?今なら結婚記念でタキシードでもいいよ♪」 「まだ、そこまでの関係じゃありません!!!」 こほん、と咳をして、桂林怜夜団長は続けた。 「自分で浴衣を縫ってみたんですけど、とてもすぐに666着も作れないんですよね」 「ちゃんと、糸を一本引っ張ると脱げるようにしてみた?」 「貴方は!何を!考えてるんですか!!!」 バン、と机を叩いて威嚇するが、悲しいかな結城由羅藩王に威嚇は通じない。 「えー。サービスサービス♪」 「いーりーまーせーん!!」 息を荒げて、桂林怜夜団長。 「えーと。衣食住が生活には重要なのですが、食はカヲリさんが『silver vine』と提携して、食材の確保や調理のノウハウを教えてくれるそうです。うちの国は医師も多いので、栄養管理もこれでできます」 「住居の方はみはえる元摂政が学校と寮の管理をされています」 海堂騎士が手元の資料を元に補足した。 「問題は衣料です。あんまり汚れた衣服を着用すると差別が生じかねませんし、私服はお金がかかり過ぎます。特に、育ち盛りの子供達だと」 「うーん。就学支援で服でも配る?」 予算が・・・・・・という財務大臣の言葉を桂林怜夜団長が遮る。 「ええ、制服の材料を配ります。制服は2着あれば1年乗り切れますし」 「刑務所の作業で作らせてもいいのに」 肘を突いて、結城由羅藩王。現在は暴徒を大量投獄中だが、政情が落ち着けば害はない。そろそろ合併による恩赦で解放される頃だった。 「自分で作ることが大事なんですよ。自然と愛着が湧きますから。それに、可愛い制服というのは、学校に行きたくなる理由にもなりますから。私の母校、そういう子も結構いたんですよ」 帝国に里帰りした際、桂林怜夜団長が実家から持ってきた本を見せた。確かに彼女の示す服は珍しい色で可愛いのだが、何故制服図鑑が自宅にあるのだろうか。それに、メイド服の学校もやたら多い。ついでに、着用しているモデルの中には明らかに男性もいる。 「制服については、女性陣で大いに盛り上がってます」 「はーい。美少年!美少年の制服はソーニャに任せてください。半ズボンは譲りません!」 「大人はやっぱりスーツですよね。それもダブル!」 「カヲリさん、さりげなくモデルを日向さんにしてませんか?きゃー」 「違います萩然似てしまっただけで・・・・・・」 「そういうソーニャさんこそ、少年の制服モデルはエミリオじゃないですか!」 「だって、エミリオに似合わない制服なんて食指が動きませんし」 「怜夜さん会議中ですよね。それならこちらの制服モデルはロイさんにしてみましょう」 「うーん。ソーニャ的美少年からはちょっと」 「大人の方ですよ!」 「え?女性制服モデルじゃないんですか?女装ネタも結構誌面では受けるんですよ」 隣の会議室から聞こえる女性集団特有の歓声。中に尋軌摂政もいつの間にか混ざっている。 「国としての支援は、祭の準備。こちらは元々建国記念祭の準備が進められているので、残りは古着の回収ですか」 みはえる元摂政が、制服作成の企画書と自分の学校設営の書類を見比べつつ、首を傾げた。 「制服は2着のローテーションで済みますけど、着替えはもっと必要ですし」 「ついでに、いい服があったら、そのままロイ像に着せるんですw」 松葉騎士の言葉を引き継いで、桂林怜夜団長。何故か今回、人狼側の男性の賛同を広く取り付けている。 「回収した古着で本当に使えない物は、うちの工場のウエス(油を拭く布)に使わせてもらいます」 試作品なのか、小さな女子用制服を着た蜘蛛の夜空さんと男子用制服を着た猫のロイ・バウニャンを頭と肩に乗せ、可銀騎士。 「使えそうな生地はパッチワークにしたり、フェルトに加工して再利用するんです。ね、飛乃さん。透さん」 「学校はメイド専用コースもありますし、布は結構使う筈ですよ」 「手始めに、うちのつるりさん専用クッションを授業で作ってもいいですねぇ」 「何十個作る気ですか!」 「でもほら、書道の下敷きにも使える上に、フェルトで作ったルームシューズや小物は最近人気らしいですよ。犬の方だとぽち王女のマスコットに使ってるそうです」 女性3人の後にこそっと神崎零騎士が付け加える。 「古着の販売?靴下なら高く売れるルートを知ってるんですけど・・・・・・・あ、いや。私の為じゃなくて、ちゃんとソックスパワーを世界平和に利用する国際機関があるんですよ」 ソックスエレファントとして名高いなかだい騎士も暗に組織的な販売ルートを示唆した。 「よし、分かった。やって良し!」 特に否定する必要も無かったのだが、藩王らしく少しもったいぶってから結城由羅女王は承認の印を押した。 「業務用のミシンが必要かもね。はーとくらふととの交渉は財務大臣、お願い」 ひらひらと手を振りながら言い残して結城由羅藩王は執務室を出ていった。ミス・コンなら水着も大事よねー、と心で呟きながら。 ー*ー 古着の回収のついでに不用品の回収。 自然を利用した生活をしている森国人の国でも、それなりに不用品は集まるのだった。 そして、不用品をリサイクルする為に磨いたり、再加工したり。世界忍者国では予想以上に公共事業が増えることとなった。 ・品によるものの古着10着回収につき3にゃんにゃん。道具は5つで3にゃんにゃん。 ・回収したものを国からの委託でフリーマーケットで販売する時は、1着2にゃんにゃんから。道具は1にゃんにゃんから。店番には収入が無いが、店番代として売り上げに応じて報酬が出る。 ・但し、定価以上の収入については販売主が懐に入れて良い。 ・藩国で買い上げて、販売するものの加工には工賃が出る。 ・自分でフリーマーケットに出店する時は、工賃は出ないが、加工の為の道具や場所は無料で貸し出す。 当然、出店の際は国民登録が必要になるものの、元々お祭の好きな猫の民だけあって、多くの参加者、特に若年者や高齢者が数多く見受けられた。 「子供を働かせるのは・・・・」という意見もあったのだが、「強制労働は論外だが、子供の自由な就労権を奪うのも良くない」という意見もあり、続行されることとなった。 実際、寮に入って国の補助でお小遣いを受け取るよりも、自分で稼いだ方が子供には喜ばれた。また、働くことで社会に認められたという誇りもあったようだ。 そして、この時に集めた衣服のうち、丈の合うものを修繕したり直したりして、666着の浴衣やスーツ等が用意された。これらは建国記念イベントのロイ像スタンプラリーのうち、問題用紙が無くなったロイ像の目印として参加者自らが着せることとなった。 衣服自体は、場所によっては数ヶ月しかもたなかったが、桂林怜夜団長と人狼領地の男性陣の野望は無事に達成できたといえる。 だが、浴衣大会はこれだけで終わったわけではなかった。 昼のフリーマーケットや就学・就労支援企画が上々の出来だった為、世界忍者国の面々は上機嫌で夏祭りの会場を回っていた。 今は日が暮れる寸前で、日が暮れた後にミス・コンが始まる。ミスター・コンも昼に開かれ、こちらは無事に終了した。 気を抜くわけにも行かないけれど、一息つく瞬間。 「水着はやめてよー!ソーニャ」 「うふふー。エミリオったら妬いてるの?」 鮮やかなハイビスカス柄の水着を握り締めて、広場の端でソーニャ騎士とエミリオが追いかけっこをしている。 「カヲリさんはミスコンに出ないんですか?」 「煤@わ、私はああいう派手な場所は苦手です!!」 「えー。カヲリさん、可愛いのに」 「そんなことより透さんとかくぅさんとかみなおさんとかエドさんがいます!」 「まあまあ、ここに我が編集部で用意した、最新水着と最新浴衣がありますから」 鞄から何着か、綺麗に梱包された水着と浴衣を取り出す尋軌摂政。 「尋軌しゃん、それセクハラ・・・・」 「いやぁ、記事にした後って扱いに困るんですよ。うちの編集部、男性も多くて」 「そうそう、皆さんに扇子か団扇を配るように陛下に仰せつかっていました」 白金優士副団長から受け取った団扇を手にすると、やはり周囲の女の子のように浴衣を着ている方が似合う気がしたのだろう。 「でも、水着はともかく、可愛い浴衣ですよね」 「ええ、これは今年の新作で、帯や襟元にレースがあしらってあるんですよ。こちらは編集部アンケートで人気NO.1だった4点セット100にゃんにゃん・・・・ま、下駄が靴擦れしないからですけど」 「折角だから着替えましょう。花火はやっぱり浴衣ですよー」 きゃあきゃあ騒いで、彼女達は雑踏の中に消えていった。 丁度、太陽が地平線に沈む。 ―――同時刻。 桂林怜夜団長が大体の仕事を終え、待ち合わせ場所に辿り付いたのが夕暮れ寸前だった。 遠くを見ると、屋台の前の一角に陣取って、滞在ACEの須田さんが焼きそばやらビールやらを頂きつつ、ボードゲームで遊んでいる。 時折、「ゲームデザイナーを舐めるな!」「ひでえー」と子供達の騒ぎが聞こえるが、概ね、平穏らしい。 須田さんと喧嘩をしない、という約束をロイ・ケイリンは守ってくれたらしい。微笑んで見ていると、背後から「お待たせしました」と声がかかった。 「あ、こんばんは」 桂林怜夜団長が振り向くと、そこにはロイ・ケイリンが立っていた。篝火に照らされて、やや赤みが増している。 LLサイズでもやや丈が足りなかったので生地を取り寄せることになってしまったが、案の定浴衣姿がよく似合っている。 「よくお似合いですね」 「ありがとう。貴方もですよ」 にっこりと微笑む。 「ところで、光太郎さんはご存知ですか?」 「あそこですよ」 手にした扇子で指し示した先には、たこ焼きを片手に屋台を覗き込んでいる少年がいた。頭にはお面を被っている。 そして扇子の手前には、何故か結城由羅藩王が立っていた。 「ひゃっ、じ、女王様!」 「お熱いねー」 「熱くありません!!!からかわないで下さい!!!」 じろり、と睨んで桂林怜夜団長。 「何でこんな所に。それに手にしているのは水着・・・・の割にワンピースで地味」 ひらひら、と広げると、胸元から臍まで切り込みが入っている。 「・・・・・・・・でもないんですね」 一応、体をずらして、大胆な水着がロイの視界に入らないようにだけはしておく。 「いやぁ、ミス・コンに出る最中に緊急通信が入ってね・・・・・・悔しいから鐘音さんエントリーしておいた」 「財務大臣、うちの国の女装皆勤賞ですものね・・・・・」 「それで、緊急通信とは?」 ロイの言葉に、結城由羅女王はふう、とため息をついた。 「浴衣に爆弾が仕掛けられたって犯行声明がきてね」 「えっ」 「男性用で、黒っぽくて、ちょっと大きめで、帯が刺繍入りで普通のよりちょっと高価なのまでは判明してる」 「ロイさんのじゃないですか!!」 「まあ、該当者は多数いるからね。悪戯かもしれないし、とりあえず特に背の高そうな人はこうやって回ってる・・・・・」 「お願いします!!早く脱いで!!ここが恥ずかしいなら、とりあえず物陰で!!着替えは後で用意しますから!!」 結城由羅藩王が言い終えるより早く、桂林怜夜団長はロイ・ケイリンの浴衣にしがみついていた。 周囲の人々が何事か、と遠巻きに見守る。 「着る前に異常は無・・・・」 「新型かもしれないじゃないですか!不安ですから、いいから脱いで」 「えーーっと」 胸元を隠して抵抗するロイ・ケイリンを宥めるべきか、頭に血が上ってる桂林怜夜団長を止めるべきか・・・・・・。 頭痛が止まらない所で、結城由羅藩王に通信が入った。 「(・・・・・・なるほど)」 ため息を、一つ。 「あー、団長。今、犯人から通信が入って」 ほえ?と動きが止まった彼女を見て、結城由羅藩王は思考を巡らせた。 「・・・・・・・・君の浴衣みたい。危ないの」 一瞬、時間が止まった。 「あ、藩王さまー。お祭について皆さんにインタビューなんですー」 とたとた、とエド・戒騎士がマイクを向けた―――――― 「お願い!早く脱がせて!」 じたばたと手を後ろに伸ばして「届かない・・・・・・」と涙目になった後、ロイ・ケイリンの前で叫ぶ桂林怜夜団長。 「あ、でも、今すぐ暴発するならこのままでいいです。でもでも、すぐ爆発しないなら脱がせて下さい!」 うっすらと瞳に浮かべた涙に炎のきらめきが輝く。乱れた浴衣の裾から覗く素肌は白い。 「もう、だめ・・・・・」 諦めを含んだ吐息がきつく結んだ唇から零れ落ちた―――――。 マイクのお陰で大音響で広がる声。 ミスコン優勝者が決まった歓声が上がっていたが、会場内が一瞬、沈黙する。 そんな中、会場の片隅で小さな火花が上がった。 全員がそちらを注目すると同時に、同じ方角の情報で花火が上がった。 続いて、色とりどりの花火が後を追う。 ー*ー 「いやー、お疲れ様」 慰労会と称して王宮で秘密裏に行われた宴席でビールを一気に飲んだ後、結城由羅女王は輝く笑顔を浮かべた。 「お疲れ様じゃなくって・・・・・」 むすーーっとした顔で桂林怜夜団長が隣にいたロイ・ケイリンのグラスに飲み物を注ぐ。 周囲は盛り上がったり笑顔なのだが、一人だけ不機嫌である。 「2度目の犯行声明で悪戯って分かったしね」 「爆発したじゃないですか!」 偶然、広場の隅にいたロイ像の浴衣が爆発しただけで済んだ為、怪我人はいなかったが、威力はそれなりにある爆弾だった。 「だって、狙われてたの駄犬だし」 2度目の犯行声明は『駄犬、死ね』だった。 瞑想通信で深夜の緊急会議を開き 「今、はにーに夜食作って貰ってるー」 「タワシコロッケ作ってもらえ」 「タイヤステーキ食べて地獄へ行け」 「お前が煮られてしまえ」 「脳内彼女にすらふられてしまえ」 と、微笑ましい呪詛を受けた際の恨みが今回の原因であり、大怪我はしないが派手な光と音が出るように人狼の整備士技能を駆使して作られた爆弾だったらしい。 大神重信元人狼領主とはいうと、最初は浴衣を着ていたらしいが、 「いやぁ。暑くなってめんどくって脱いだ」 らしい。その辺のロイ像にかけておいたという。 着替えはどうしたのかという疑問も残るが、追求しない方が良いだろう、という結論となった。 「ま、今回は前夜祭だからね。ちょっとした余興ってことで」 「そうそう、国の人は爆発もただの花火だって思ってくれたみたいですし」 「鐘音さんもミスコンの特別部門で入賞できたんですし」 「まさか、女装部門が含めれてるとは思わなかったですけどね」 「ほらほら、お疲れさまー」 「いじけてると、お顔が台無しですよー」 「あんな放送をされたら、いじけます!!お嫁にいけないじゃないですかー!!」 「大丈夫。みんな酔っていたり花火に夢中で忘れてますって」 周囲に宥められてふくれっ面の約一名を残し、賑やかな夏の饗宴は深夜まで行われた。 しかし、このとき、誰も予測できなかったが、世界忍者国ではこの後、第2第3の『大神重信爆破未遂事件』が続くのであった。