――――核―――― 戦争は破壊と殺戮しか生み出さない。分かっていても、戦いでしか得られない、守れないものがあるから、人は抗い続ける。 それでも、核の脅威を知る人は、核を忌避する。それは永く続く後遺症の為。無差別に広域に害を及ぼす、残酷さの為。 似たような猛毒が散布されたことも多々あるが、通常の毒と異なるのは、対象の滅殺だけでなく、時も距離も広く、生き残った人の子孫にまで影響を及ぼすこと。今だけでなく、未来までも奪おうとすること。 美しい女性が多いと評される赤ービアナオーマが、最も醜い核という武器を使ったことで、地上は混乱が広がった。幸いにして大きな破壊は無かったものの、全土に放射能が撒かれ、食糧への放射能汚染が危惧された。 各国の協力でいち早く放射能対策が行われ、リマワヒ国の放射能除去ヒマワリが咲き乱れ、やっと人々の顔に笑顔が戻ったのだった。 ただ一人を除いて。 ハイパーメードお局さんの中でも古参のその人物は、鏡を見てため息をついた。ここ数週間のストレスで化粧のノリが悪い。目の下には隈。体重も減っている。 若いメードを率いる為に、最前線で走り回った結果が、これだ。 危険地区付近の住民を率先して避難させ、I=Dに乗って空き地の土を耕してヒマワリの繁殖にも頑張った。 「放射能の所為・・・・・・か」 大きく、ため息。 櫛に纏わりつく大量の抜け毛。 最近、血液検査の結果も思わしくない。甲状腺も目立っている気がする。 ここはヨードの摂取も兼ねて、海草をたくさん採ろうかしら。 肌荒れすら名誉の勲章ではあるものの、周囲のメードと比べると、ロングスカート姿も見劣りしてしまう。18歳のメードもいる中で、38年という時間は大きい。 再度、ため息。 と、背後から声がかけられた。 「オヤジー。いい加減諦めろよー」 くるくるとしたブルネットの巻き髪が愛らしいメードが、半眼で佇んでいる。 「オヤジはよせ!一応独身ということになっているんですからね!」 頬をつるりと撫ぜ、薄い髭が伸びていないことを無意識に確認する。一日に10回も確認することがいつしか癖になっていた。 「なー、オヤジ。そろそろ隠居しろよ。オヤジくらい俺が面倒見てやっからさ」 「俺は・・・・・私はこの道一筋38年。他の生き方をするつもりなんてないわ!貴方こそ、制服を着たらいつでもメードの心を忘れるんじゃありません。言葉も乱れているし、エプロンが歪んでいてよ!」 やつれた化粧姿の実父に凄まれて、巻き髪の若いメードはすごすごと退散した。 わんわん帝国には、父親メードに苦労する息子は多い。 水面下で彼らは徒党を組み、何とか父を隠居させる方法を模索し、法案を作り、宰相に奏上しようとするのだが、謁見できる頃には自分自身にも家族が出来ていて、転職が難しくなっている。 父も同じ道を辿ってきたというその事実に巻き髪のメードが気付くのは、もう少し未来のことである。